ライブ遠征の新常識? 若者がホテルをやめて夜行バスを選ぶ背景

「推し活」の広がり

「安いから」という理由だけでは説明しきれない変化が、いま移動手段の選択に起きている。宿泊先としてホテルを取るのではなく、あえて夜行バスを選ぶ人が、特に10代・20代を中心に増え始めているのだ。

背景にあるのは、いわゆる「推し活」の広がりである。アーティストやアイドル、声優、スポーツ選手など、特定の存在を応援する文化はすでに一部の趣味にとどまらず、日常の一部として定着している。2024年に行われた推し活総研の調査によれば、10代・20代ではおよそ4人に1人が「推しがいる」と回答しており、その影響力は無視できない規模だ。

地方在住者にとって、推しのライブやイベントの多くが東京や大都市圏で開催されるという現実は、常に付きまとう問題でもある。チケット代に加え、新幹線や飛行機、さらにホテル代が重なれば、1回の遠征で数万円が消えていく。これが月に複数回となれば、どれほど熱意があっても継続は難しい。

そこで選択肢として浮上してきたのが、夜行バスだ。往復の交通費と宿泊費を一体化できる夜行バスは、単純に計算しても出費を大きく抑えられる。だが、近年の利用増加は「節約」という言葉だけでは語れない側面を持っている。

まず、夜行バスそのものの進化がある。座席の快適性向上や、プライバシーを意識したシート設計、女性専用エリアの導入などにより、「寝られない」「疲れる」というイメージは薄れつつある。スマートフォンでの予約や直前変更も容易になり、使い勝手は格段に向上した。

さらに、推し活との相性の良さも見逃せない。夜に出発し、朝には現地に到着する夜行バスは、仕事や学校を終えてからそのまま移動できる。イベント終了後すぐに帰路につけるため、余計な宿泊を挟まず、次の日の日常生活に戻れる点も支持されている。これは「時間を最大限、推しに使いたい」という心理とも合致する。

また、夜行バスを選ぶ人の中には、「ホテルに泊まるより、推しのグッズを一つでも多く買いたい」「次の公演のチケット代に回したい」と考える層も多い。限られた予算の中で、何に価値を置くか。その優先順位が、移動や宿泊の選択に如実に表れているのだ。

一方で、この動きは推し活に限った話ではない。物価上昇が続く中、若年層を中心に「固定費を抑え、体験にお金を使う」という価値観が広がっている。ホテルという“滞在そのもの”よりも、ライブやイベントという“瞬間の体験”を重視する傾向が、夜行バスという選択肢を後押ししている。

夜行バスは、単なる安価な移動手段ではなくなりつつある。それは、推し活を長く、無理なく続けるための現実的な工夫であり、若い世代の価値観を映し出す鏡でもあるのだ。「安いから」ではなく、「納得できるから」夜行バスを選ぶ――そんな時代が、すでに始まっている。

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