今日は、筆者がいま最も注目している哲学者の方をご紹介します。その名も永井玲衣さんです。筆者は、いつもの様に本屋さんを徘徊していたときたまたま目についた『さみしくてごめん』という本が目に止まり、そのキャッチーなタイトルとそれが哲学の本であることの面白さに惹かれました。立ち読みしてみるととても面白くて、特に「渋谷」について書かれた箇所で購入を決めました。それから永井さんの著書を一通り読みましたので、本日は皆様にご紹介したいと思います。
永井 玲衣 REI NAGAI
人びとと考えあい、ききあう場を各地でひらいている。問いを深める哲学対話や、政治や社会について語り出してみる「おずおずダイアログ」、せんそうについて表現を通して対話する写真家・八木咲とのユニット「せんそうってプロジェクト」、Gotch主催のムーブメントD2021などでも活動。著書に『水中の哲学者たち』(晶文社)『世界の適切な保存』(講談社)。第17回「わたくし、つまりNobody賞」受賞。詩と植物園と念入りな散歩が好き。© 2025 REI NAGAI
https://www.nagairei.comより
水中の哲学者たち 永井玲衣
2021.09.28発売

人々と問いに取り組み、考える。哲学はこうやって、わたしたちの生と共にありつづけてきた。借り物の問いではない、わたしの問い。そんな問いをもとに、世界に根ざしながら世界を見つめて考えることを、わたしは手のひらサイズの哲学と呼ぶ。なんだかどうもわかりにくく、今にも消えそうな何かであり、あいまいで、とらえどころがなく、過去と現在を行き来し、うねうねとした意識の流れが、そのままもつれた考えに反映されるような、そして寝ぼけた頭で世界に戻ってくるときのような、そんな哲学だ。(「まえがき」より)
人におすすめの本を聞かれたとき、なんだかおすすめの本以上のことを問われている気がしてものすごく悩みますが、最近はパッとこの本を勧めるようにしています。
筆者が特にお気に入りで写真にも撮った文章を紹介させてください。
だか一方で、わたしは哲学するひとが、自身の背負う欲求や、経験や、苦痛や、偏愛を、普遍性のためにあっけなく捨象してしまうことを望まない。そのひとの、共有し得ないこだわり、探究の場に否応なく露呈してしまう独自性、そしてその病に似た不自由さを心から愛する。
水中の哲学者たち/永井玲衣 p226
そしてそれが不合理であることへの狂おしい愛しみがある。
世界の適切な保存 永井玲衣
2024.07.25発売

わたしはどうやら、時間が流れていくにしたがって、
何かが消えるとか、失われるとか、忘れられるということがおそろしいらしい。ここに書かれたもの。その何倍もある、書かれなかったもの。
でも決してなくならないもの――。あ生の断片、世界の欠片は、きかれることを待っている。じっとして、掘り出されることを待っている。
本作の中で引用させる数々の詩や短歌も素晴らしく、それについて調べたりすることで、読み終わる時間を少しでも引き延ばしました。
さみしくてごめん 永井玲衣
2025.06.18

ことばが馬鹿にされ、ことばが無視され、ことばが届かないと思わされているこの世界で、それでもことばを書く理由は何だろう。わたしの日記は、戦争がはじまって終わっている。あの瞬間から、日記は戦時中のものとなった。
だが、ほんとうにそうなのだろうか。戦争はずっとあったし、いまもある。わたしが絶望したあの戦争は、いまもつづいている。だからあの日記はすでに戦時中のものだったし、この本も、やはり戦時中のものである。
とはいえ、わたしたちの生活に先立って、戦争があるわけではない。生活の中に戦争が入り込むのだ。どうしたって消すことのできない、無数の生の断片があるのだ。たとえ「対話」ができず、あなたのことばを直接きくことができなかったとしても、決して「ない」のではない。(「あとがき」より)
これがそうなのか 永井玲衣
2025.11.06

【第一部 問いはかくれている】
日々生まれる「新語」。
新語は、現代社会が必要とするから生まれるはず――。
けれど、なぜ私たちはそのことばを作ることにしたのだろう?
新語の裏に潜む問いを探り出し、私たちの「いま」を再考する12篇。
【第二部 これがそうなのか】
幼少期を本とともに過ごしてきた著者。
これまでに読んできた数々の本の中から大切な言葉を選び抜き、争いの絶えないこの世界との対話を試みる。
過去に書き残されてきた幾つもの言葉から、私たちの未来を惟る12篇
同じ時代を生きていて年も近いのに、日々生まれる「新語」についての問いの立て方や見方が新鮮で面白いです。その言葉からここまで思考を広げるのかと、驚き楽しみながら読みました。
いかがでしたか?筆者もいつか永井玲衣さんと哲学対話をしてみたいものです。


